駆け足で「戦争と平和」

 昨日は札大オープンキャンパスで、リベラルアーツ専攻の模擬授業を担当した。来年度からのカリキュラムだと「文学と思想」という授業を担当することになっているので、ちょうど完結してから150年になる『戦争と平和』の話をすることにした。

 タイトルは「トルストイの『戦争と平和』―文学のリベラルアーツ」。サブタイトルは自分でつけたものではなく、企画の取りまとめの段階で付いているもの(リベラルアーツ専攻では他の方の模擬授業にも、「**のリベラルアーツ」というサブタイトルが付されている)。

 といっても、この長大な小説をわずか40分で論じるのは難しいので、「生命」のテーマに絞り、アンドレイ公爵の心を開く契機となった樫の木の挿話と、ピエールの「地球儀の夢」の挿話を紹介した。何といっても、札幌大学の教育目標は「生気、知性、信頼」なので、生命の主題は大事なはず。

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 話だけしてもイメージが湧かないだろうから、キング・ヴィダー監督の映画の予告編だけ見せた。一昨日の夜、その話をロシア人の教員にしたら、「あのようなくだらないアメリカ映画をなぜ見せるのか?もっときちんとしたボンダルチュクのソ連映画があるではないか」と叱られたのだけれど、ロシア語専攻ではなくリベラルアーツ専攻の模擬授業なので、ナターシャもオードリー・ヘップバーンの方が良いと思うのだ。

 また、ダイジェストにすぎないとか、演出に説得力がないとか悪口を言われるキング・ヴィダーの『戦争と平和』だが、今回、改めて見直してみたところ、つまり、無声映画の伝統の上にある古めかしい演出なのだとわかった。無声映画を見慣れている人は、人形劇や紙芝居のような映像からもメッセージをきちんと受け取れるだろう。それこそが本来の映画なのであり、人海戦術のスペクタクルが正解というものでもない。

 ピエール役のヘンリー・フォンダが痩せているのも変だと言われるのだが、これもピエールは捕虜になって痩せたと原作にしっかり書かれている。