キラ・ムラートワの訃報

 ウクライナオデッサでロシア語映画を作っていたキラ・ムラートワがこの世を去ったことを、今朝、知った。83歳だったという。

 ムラートワの名前を始めて知ったのは1991年のことで、キネカ錦糸町の「ソヴィエト女性映画週間」で『無気力症シンドローム』が上映されたのだ。監督もゲストとして来日していたらしい。だが、この時は見逃してしまっていて、というのも紹介文を読んでいたらヒステリックな社会派映画のようだったので、わざわざ見に行こうとは思わなかったのだ。ヒステリックを通り越した傑作であると知ったのは、それから10年くらい後に、この映画をモスクワで見た時のことである。

 1994年にバウスシアターで『長い見送り』が公開された。これは映画館で見た。冒頭の植物園の瑞々しい風景から、作品に引き込まれた。

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 その後、2001年にモスクワの映画館「ハンジョンコフの家」で『二流の人々』が上映された時、監督本人の舞台挨拶を見ることができた。映画博物館では『短い出会い』も上映されていた。ビデオやDVDでムラートワの作品を集めて、片端から見た。

 無声映画風の固定カメラへの志向、変質者などアウトサイダーに向けられた優しい目、観客を苛立たせるセリフ回し、そして何よりも光に包まれた瑞々しい映像、それらはあまりにもユニークなものではあったが、子供部屋の宝箱のように輝いていた。

 『長い見送り』は今でも全国各地でしばしば上映されているようだし、2009年には東京で『調律師』や『ダミー』(製作年からすると Два в одном のことか?)が上映されたらしい。彼女が遺した作品はどれも、誰にでも愛される性格のものではないのだが、その世界に魅了された者はこれからも彼女の名を語り継いで行くことだろう。