明日はリトヴァク

 明日はロシアの亡命文化をテーマにした研究会が札大で開催され、私も「アナトール・リトヴァクとロシア文化」と題した報告を行うことになっている。

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 サハリンに行ったりしていたものだから、昨日、今日の2日でパワーポイントを慌てて作ることになってしまったが、無事に完成した。

 リトヴァクを取り上げることにしたのは、これが諫早勇一先生の主宰する研究会だからで、つまり、諫早先生といえばやはり『ロシア人たちのベルリン』であるからだ。ハリウッド監督リトヴァクを育てたのは、ベルリンの亡命ロシア社会なのである。

 明日の報告では『白魔』、『トヴァリッチ』、『ロシアの戦い』、『追想』、『旅』といったロシアに関係する作品を取り上げることになるわけだが、ここにはそれと関係のない話を書いておこう。

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 私は1980年代後半の東京で、シネフィルに混じって映画を見ていたのだが、『マリ・クレール』の座談会をまとめた『映画千夜一夜』が当時刊行され、その中で蓮実重彦がリトヴァクの『想い出』と『暁前の決断』を絶賛している。

 また、当時はダニエル・シュミットも流行っていたのだが、シュミットの『今宵かぎりは』はヤン・キープラの歌を使ったもので、その歌を主題歌にした映画『今宵こそは』(1932)を監督したのがリトヴァクである。

 1987年の『八月の鯨』で甦ったベティ・デイヴィスとかつて浮名を流していたのも、リトヴァクである。

 80年代の私がロシアと無関係だと思っていた映画が全部、ロシア出身のリトヴァクとつながっていたのだよね。私の20代は、明日の報告のためにあったようにすら思えてくるのだ。

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 リトヴァクの映画を全部見たわけではないが(それでも25本は見た)、好きなのは、ニューヨークの夢と挫折を描いた『栄光の都』と精神病院を舞台にした『蛇の穴』である。これはいずれも日本版のDVDが発売されている。

 ベティ・デイヴィスの『黄昏』は上記2作品ほど重い内容ではなく、安心して見られる。こういう映画ばかりずっと見ていられたら、さぞかし幸せだろう。

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 2014年にヘップバーン主演のテレビドラマ『マイヤーリンク』が日本で劇場公開されているようなのだが、あの監督もリトヴァクである。ただ、あれはリトヴァクの本領を発揮したものではない。メル・ファーラーの大根ぶりもあるが、時間やセットに制限のあるテレビの生ドラマということもある。リトヴァク自身が1930年代にフランスで作った『うたかたの恋』をリメイクしたものなのだが、オリジナルのフランス版の方は実に堂々とした傑作である。宮廷劇である『うたかたの恋』がなければ、『追想』も生まれてなかっただろう。

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 リトヴァクはチャレンジ精神が旺盛で、テレビドラマを試みただけでなく、ヌーヴェル・ヴァーグの時代にはリアリズムの『さよならをもう一度』を撮影するし、それから10年もしないうちに、フレンチ・ポップス全開の『殺意の週末』を監督してしまう。グレタ・ガルポの『喜びなき街』の助監督をしていた人がこれを撮ったと思うと、めまいがしてくる。『殺意の週末』は去年公開された『アナザー』と同じく、セバスチャン・ジャブリゾの小説『新車の中の女』を映画化したもので、これは浅岡ルリ子主演で日本のテレビドラマにもなっているらしい。この映画がリトヴァクの最後の作品となった。

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