さよならHTB

 我が家の近くにあるHTBがさっぽろ創世スクエアに移転してしまったのだが、onちゃんはまだ建物の上に残っているので、記念に写真を撮ってきた。

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 HTB札幌大学も岩澤靖氏が同じ1967年に設立したもので、いずれも市の南部に立地していた。白とレンガ色を合わせた、建物の色彩も似ている。そういう経緯もあるので、寂しさもひとしおである。

移民学とスラヴ学

 上海師範大学で13日に開催されたシンポジウム「移民学とスラヴ学」で、「リトヴァク、ブリンナー、ダンス」と題した報告を行なってきた。

 上海師範大学はキャンパスが何ヵ所かあるようだが、今回の会場は桂林公園の隣にある。

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 1928年に作られたという映画館。

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 関連行事も含め、14日の昼に催しは終わったのだが、夜中に出発するANA便まで時間があったので、かつて日本人が多く居住していたという文化名人街を散策した。

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図書館開いた

 地震直後の休業期間が終わり、今日から大学の業務が始まった。大学図書館も朝から開けてもらえた。仕事ができる。ありがたい。
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 大学近くのスーパーには、北海道産や宮城産の魚がたくさん並んでいた。肉は品薄だが売り切れてはいない。行列もなくなった。アイスクリームも入荷していた。牛乳だけが品切れのようだ。

大停電

 台風の次の夜に胆振東部地震があり、道内全域が大停電してしまった。何が起きたかよく分からぬまま朝を迎え、ラジオに使う乾電池を求めてコンビニに行ってみたら、もう売り切れていた。

 スマートフォンの電波状況がだんだん悪くなり、ニュースサイトも見出ししか読むことができない。それも経済通産大臣が「昼までに停電を終わらせる」という話があるかと思えば、「復旧には最低でも1週間かかる」という北電の話もあり、いったい何が本当なのかよく分からない。

 大学に近い西岡のホーマックにも長蛇の列。

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 このあたりで担当している学生や同僚と連絡を取らねばと思ったのだが、電波がいよいよ悪くなり、電話もうまくつながらなくなってしまった。ラインは比較的よく読めたのだが、なぜか書けない。避難所が市内に12ヵ所開設されたとNHKは報じるのだが、それがどこなのかも不明。

 この日は自宅のキッチンが停電で使えず、ガスコンロも入手できなかったので、冷蔵庫の中にあったカルビ肉や金目鯛をバーベキューコンロの炭火で庭先で焼いた。断水も起きなかったし、避難所は食料が不足ぎみという情報も流れていたので、自宅で過ごしたのは正解だったと思う。

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 翌7日は札幌駅に行った。JRが止まり、8日に予定されていた釧路出張がキャンセルになったので、切符の払い戻しの手続きをせねばならなかったのだ。新千歳空港行の列車だけが動いていて、運転再開を待つ人たちが通路脇にたくさん座っていた。「みどりの窓口」は閉まっていたが、駅員さんにスタンプは押してもらえた。これでひと安心。翌日の特急の運行が急に再開されたとしても、払い戻しはしてもらえるだろう。

 それにしても、出張の精算手続きというようなサラリーマン的な業務をYシャツ姿でしなければならないというのは、いわゆる「被災」のイメージとはずいぶん違う。大災害と日常が奇妙に同居している。

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 政府の話では、この日のうちに道内の8割の家で電気が復旧するということだったのだが、我が家は夕方になっても何も変わらない。美園の望月湯が営業しているという情報がフェイスブックにあったので、家族を連れて行った。ありがたかった。自分はもう少し我慢することにしたのだが。

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 スキーの大先輩からガスコンロをお借りすることもできたので、この日の夜はスーパーで買ったサンマを焼き、暗い室内で食べた。食べ終わった後になって、ようやく電気が回復した。

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 8日は土曜日。出張がキャンセルになったので、九州に帰る義母を新千歳空港に送った。7日の昼まで空港が閉鎖されていたので、搭乗手続きのカウンターにはとても長い列ができていた。

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 節電のために1、2階以外が閉鎖されていて、冷房も入っていないので、とても暑い。ターミナルで唯一営業しているローソンにも長蛇の列。

 一方、帰り道に寄った里塚のスーパー「ビッグハウス」は、それほど混んでいなかった。ほとんどの品は売り切れていたが、それでも豚肉や干物を買うことはできた。

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 日曜日の今日はニセコトレイルランニングをしていた娘がアイスクリームを食べたいというのだが、昨日まで乳製品は店頭に並んでいなかった。物流と関係のない場所ならと思い、月寒の八紘学園の直売所に行ってみたら、きちんと営業していた。夕方だったので牛乳は売り切れていたが、ソフトクリームとレタスは買うことができた。

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龍泉洞

 平泉から八戸までの帰路は北海道スキー連盟の諸先輩にご案内いただき、岩泉町の龍泉洞を見ることができた。

 地底湖がいくつもある。下の写真はいずれも、洞窟の中の湖を上から撮影したもの。

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毛越寺

 スキーパトロール協議会のエクスカーションで、中尊寺毛越寺を訪問した。

 中尊寺金色堂は一般的には黄金の話ばかりされるのだが、現地で見たら黒漆や螺鈿の唐草文様が印象的だった。

 毛越寺とその隣の観自在王院は、室町時代の戦争や一揆で堂宇が焼失してしまったそうだ。その後、江戸時代に伊達藩が作ったお堂も残されているのだが、今の本堂は何と平成のものらしい。

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