江別蔦屋書店

 道立図書館へ行った帰りに、去年の秋にオープンした蔦屋書店を覗いてみた。

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 オープンなスペースにいろいろな店が入っていて、書店なのか、カフェなのか、園芸店なのか、アウトドアショップなのかわからないことになっていたが、面白かった。

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 図書館参入をめぐっては激しく批判されたツタヤだけれど、こういう自由なお店は悪くないと思う。

樽前ガロー

 ロシア語専攻の自主ゼミの学生と苫小牧に行った……苫小牧には宇宙ステーションのミールがあるので。

 昼前から降っていた雨も上がったので、樽前ガローというところにも寄ってみた。切り立った崖なのだが柵や手すりもなく、「崩落注意」の看板まで出ているので、少し危ない。それでも雨上がりだったので、遠くに白く霞も出ていて、良い感じだった。

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 授業は昨日で終わりだったのだが、この遠足で学生との付き合いも一段落。明日からは論文執筆や翻訳や企画書作りだ。

駆け足で「戦争と平和」

 昨日は札大オープンキャンパスで、リベラルアーツ専攻の模擬授業を担当した。来年度からのカリキュラムだと「文学と思想」という授業を担当することになっているので、ちょうど完結してから150年になる『戦争と平和』の話をすることにした。

 タイトルは「トルストイの『戦争と平和』―文学のリベラルアーツ」。サブタイトルは自分でつけたものではなく、企画の取りまとめの段階で付いているもの(リベラルアーツ専攻では他の方の模擬授業にも、「**のリベラルアーツ」というサブタイトルが付されている)。

 といっても、この長大な小説をわずか40分で論じるのは難しいので、「生命」のテーマに絞り、アンドレイ公爵の心を開く契機となった樫の木の挿話と、ピエールの「地球儀の夢」の挿話を紹介した。何といっても、札幌大学の教育目標は「生気、知性、信頼」なので、生命の主題は大事なはず。

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 話だけしてもイメージが湧かないだろうから、キング・ヴィダー監督の映画の予告編だけ見せた。一昨日の夜、その話をロシア人の教員にしたら、「あのようなくだらないアメリカ映画をなぜ見せるのか?もっときちんとしたボンダルチュクのソ連映画があるではないか」と叱られたのだけれど、ロシア語専攻ではなくリベラルアーツ専攻の模擬授業なので、ナターシャもオードリー・ヘップバーンの方が良いと思うのだ。

 また、ダイジェストにすぎないとか、演出に説得力がないとか悪口を言われるキング・ヴィダーの『戦争と平和』だが、今回、改めて見直してみたところ、つまり、無声映画の伝統の上にある古めかしい演出なのだとわかった。無声映画を見慣れている人は、人形劇や紙芝居のような映像からもメッセージをきちんと受け取れるだろう。それこそが本来の映画なのであり、人海戦術のスペクタクルが正解というものでもない。

 ピエール役のヘンリー・フォンダが痩せているのも変だと言われるのだが、これもピエールは捕虜になって痩せたと原作にしっかり書かれている。

思考するドローイング

 昨日の朝はゼミの補講として、学生2名を連れて500m美術館の「思考するドローイング」展に行った。

 小林知世さんのやわらかすぎる絵が気になった。

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 夜は赤十字の講習に行き、帰り道に大通公園のビアガーデンに。

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生気 知性 信頼

 昨日は今年から始まった導入授業の「専攻入門」の最終回の講義を担当したのだが、各専攻の教育の前提となる「建学の精神」や「教育目標」、「ディプロマ・ポリシー」についても説明した。高校までの教育と大学との間の溝をつなぐというのが導入教育の役割だが、それぞれの大学の目的やゴールを知らずに大学生活にのぞむと、「何でこんな科目が設置されているのか」「何でこんな活動を強いられるのか」という戸惑いを覚えることになるかもしれない。

 「生気、知性、信頼」という教育目標は大学の入り口に掲げられているのだが、こちらから話を向けてあげないと、きちんと読む気にもなかなかならないだろうと思う。

 ところで、建学の精神でも「生気」を強調しているというのが札幌大学の特徴なのだが、1960年代後半の日本でそういう言葉に注意が向けられたというのはどういう思想的文脈なのだろう?マスコミなどの用例をざざっと見ると、戦後の荒廃した日本に「生気を取り戻す」という例が目につく。1964年に東京オリンピックが開催されたことも、関係しているのだろう。

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 夕方、論文の資料を求めて札幌市中央図書館に行ったら、ハマナスが実をつけていた。

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