タラシケヴィツァ

 昨日は北大で開催された、日本ロシア文学会北海道支部会に行った。若手研究者の報告が2本、常勤の教員の報告が2本で、いずれもたくさんの質問が出たのは良かったと思う。
 スラブ・ユーラシア研究センターの清沢紫織さんが、ベラルーシ民族主義者が使っているという「タラシケヴィツァ」についての報告を行っていたのだが、民族主義者が《ソ連体制的なもの》に抵抗するという80~90年代の枠組みがそのベースにあることは理解できたものの、民主主義と権威主義に世界が2分されている新冷戦期に、こうしたものをどう評価すべきなのかは、報告者にいろいろ質問してはみたが、よくわからなかった。
 《ソ連的なもの》を懐古的に期待する声が支配的で、それに対するカウンターが存在するという国内的な事情は理解できるのだが、最近はルカシェンコ大統領もロシアから距離を置いてEUに接近しているというし、にもかからわらず権威主義体制が続いているわけだし、また昨日の報告によれば「タラシケヴィツァ」を用いる民族主義者たちは反露ではあっても欧米の民主主義を志向しているわけでもないようだし、モヤモヤっとした気分が消えない。

街の公園へ

 一昨日は札幌スキー連盟の会議があったので、中島公園の体育センターまで行った。

 昨日の夕方は大学の授業で使う本を借りに、やまはなサンパークの隣の中央図書館に。
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 毎日、公園に行っている。

 札幌は緑地や公園の多い街だし、そもそも勤務先の札幌大学自体が、敷地内も隣接するエリアも森や公園だらけなので、普段から公園の中で暮らしているようなものなのだが、西岡から豊平川まで降り、橋を越えて中央区に入るというのは、「山を下りる」、「街に出る」という気分にさせられる。ビルに囲まれた人工的な緑地は、公園としか呼びようがない。西岡のあたりの森は、原生林なのだ。

AM神戸69時間震災報道の記録

 表象文化論学会があったので、土曜日は神戸大学に行った。

 この日は豪雨だったようなのだが、昼に到着した時にはもう小雨だった。

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 「ファッション批評は可能か」というシンポジウムがあり、消費がなされている「今・ここ」を見るべきなのか、忘却に抗わねばならないほど古くなってしまった作品をアーカイヴ化した上で研究対象とすべきなのか、研究の在り方についての問いかけがなされていて、普段から漠然と気になっていた問題ではあったのだが、頭の整理になった。

 シンポジウムの後は、1995年の兵庫県南部地震の時のラジオ放送を素材にしたパフォーマンス(リーディング)「RADIO―AM神戸69時間震災報道の記録」があった。神戸の町を見下ろしながらの上演は心に迫った、とまとめたいところなのだが、実際はこの日、岡山や広島では水害による多数の死者が出ており、神戸市内でもあちこちで避難指示が出されていて、落ち着いて過去の死者を追悼できる状況ではない。前日の金曜日にはオウム真理教の7人に対して死刑が執行されていて、そういうニュースにも心がざわつく。そんなバタバタした気分に風穴を開けるように発せられた、ラジオ放送を語り直す声と神戸の港の風景は、そこに居合わせた者たちの記憶に強く刻まれたことだろう。

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チンギスハン空港のロシア戦

 ウランバートルの東アジア・コンファレンス2日目。岡山大の本田晃子さんが組織した、1920~30年代ソ連の建築やデザインについてのパネルの司会を担当した。日程の最後の時間帯で、隣の教室では東大の大物教授のパネルが開催中という、若手の報告者にとっては不利な条件だったのだけれど、日本人以外の聴衆もそれなりに集まったし、フロアからの予想外の質問も出たし、それなりに成功だったのではないだろうか。

 2009年に始まったこのコンファレンスも9回を数えたわけだが、その間に私よりも若い世代の研究者が力を付けてきたし、コンファレンス自体も発展してきたし(今回は大臣の挨拶もあったくらいだ)、時の流れを感じる。私自身は9回のうち4回しか参加していないので(夏に開催される場合が多いので、学生の引率でサハリンに行ったりすることが多かった)、せっかくの機会だというのに中国や韓国の研究者とのネットワークを作ることがうまくできずにいるのだが、常連の人たちはそういう部分もうまくやっている。

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 翌月曜日はエクスカーションの日だったのだが、授業を何日も休講にするわけにはいかないので、懇親会を中座してタクシーで空港に向かった。チンギスハン空港の登場ロビーではモンゴル人たちが、サッカーワールドカップのロシア―スペイン戦を熱心に観戦していた。

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チンギス・ゴールド

 モンゴル国立大を会場としたスラブ・ユーラシア研究東アジアコンファレンス初日は、無事に終了した。我々のパネルは現代ロシア文学におけるアジア・イメージや、中国映画におけるロシア・イメージをテーマとしたものだったが、討論者を担当していただいた韓国のリー・ジヨン先生にも、良い質問をいただくことができた。
 社会主義時代のモンゴルはソ連の影響が強かったのだが、それはいろいろなところで目につく。オープニングやレセプション・パーティーの挨拶はロシア語だ。外務省の建物はスターリン様式だし、スフバートル像はペテルブルグの「青銅の騎士」みたいだし、オペラ劇場はモスクワのボリショイ劇場に似ている。
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 今はチンギス・ハーン像が置かれている政府宮殿だが、そこには2005年までレーニン廟を思わせるスフバートル廟があり、モンゴルのスターリンと呼ばれるチョイバルサンの遺体も安置されていたそうだ(なお、日本語版やフランス語版のWikipediaの記事にはスフバートル廟は1921年に設置されたと書かれているのだが、Wikipediaでも他の多くの言語の版では1952年のチョイバルサンの死後に造られたとあり、恐らく後者が正解だろう)。
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 これらはソ連を範とした「鹿鳴館的なもの」とも言えるだろうが、ウォッカが好まれているなど、ロシアの影響は生活の深層まで及んでいそうだ。レセプション・パーティーではさすがにフランス・ワインだったので、ホテルの冷蔵庫にあったウォッカ「チンギス・ゴールド」を試飲してみた。生姜のような独特の風味があり、模倣などとは言えないおいしさだった。
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生きるためのアート

 今日は札幌大学オープンキャンパスで体験授業の講師を担当した。テーマは「生きるためのアート」。フランクル『夜と霧』やニューヨーク近代美術館の「MEET ME AT MOMA」(認知症患者のためのアート教育プロジェクト)を取り上げた。

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 冬には市内の某高校で出前授業をする機会もあって、その時は「ノーベル文学賞」をテーマにディラン、アレクシエーヴィチ、カズオ・イシグロの紹介をした。

 それより以前に別の高校との高大連携授業を担当した際、軽めの楽しい授業を展開したのだが、期待したほど好評でもなかったようなので、それからは自分が本気で信じられる内容を真剣に語るようにしている。高校生の心に残ればいいのだが。

北海道ポーランド文化協会・創立30周年記念演奏会

 「風邪をひいたから代わりにコンサートに行ってくれ」と妻が言うので、キタラに行ったら、北海道ポーランド文化協会創立30周年記念のコンサートだった。

 東海大の塚本智宏先生が会場入口で来場者を迎えていらして、客席入口には北大名誉教授の安藤厚先生が、演奏者の中には札大高橋健一郎先生が……札幌は大都市なので私の知らない世界がたくさんあるということなのか、世界は狭いということなのか、よく分からない。ピアニスト14名、歌手2名の出演で、ピアニストの層が厚いということは、よく分かった。

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 昔、大変にお世話になった塚本先生とお話したのは8年ぶりで、やはりうれしいものだ。

 3時間も続く長いコンサートだったが、ショパンのバラードが1、3、4番と3曲も演奏されたのと、パツェヴィチの曲が2曲取り上げられていたのが特徴なのだろうか?パツェヴィチを聴くことはあまりないのだが、彩りのある曲で面白かった。バラードでは水田香先生の演奏された4番が、印象的だった。