連休最終日は台風が

 連休初日は科研の研究会だった。自分の発表以外に会場や懇親会の準備なども担当していて、完璧な進行というわけにはいかなかったのだが(普段授業で使っている教室ではないため、機材の使用法が完全にはわかっていない)、それでも何とか終えることができた。

 2日目は疲れていたので、何もせずずっと寝ていた。少しだけ本を読んで、また眠る。海外出張に研究会開催とバタバタしていたので、少し休まないと体を壊してしまう。

 3日目は台風が北海道を直撃したのだが、子供のスキーチームのチューンナップ講習会があったので、区民センターに行った。基本的な流れは知っているのだけれど、ファイルの持ち方とか、アイロンを押す強さとか、デリケートなところが勉強になった。

 朝から夕方まで続いた講習会が終わったら、台風も過ぎて、雨も上がっていた。体調も良くなったので、久しぶりにジョギングをした。

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明日はリトヴァク

 明日はロシアの亡命文化をテーマにした研究会が札大で開催され、私も「アナトール・リトヴァクとロシア文化」と題した報告を行うことになっている。

www.sapporo-u.ac.jp

 サハリンに行ったりしていたものだから、昨日、今日の2日でパワーポイントを慌てて作ることになってしまったが、無事に完成した。

 リトヴァクを取り上げることにしたのは、これが諫早勇一先生の主宰する研究会だからで、つまり、諫早先生といえばやはり『ロシア人たちのベルリン』であるからだ。ハリウッド監督リトヴァクを育てたのは、ベルリンの亡命ロシア社会なのである。

 明日の報告では『白魔』、『トヴァリッチ』、『ロシアの戦い』、『追想』、『旅』といったロシアに関係する作品を取り上げることになるわけだが、ここにはそれと関係のない話を書いておこう。

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 私は1980年代後半の東京で、シネフィルに混じって映画を見ていたのだが、『マリ・クレール』の座談会をまとめた『映画千夜一夜』が当時刊行され、その中で蓮実重彦がリトヴァクの『想い出』と『暁前の決断』を絶賛している。

 また、当時はダニエル・シュミットも流行っていたのだが、シュミットの『今宵かぎりは』はヤン・キープラの歌を使ったもので、その歌を主題歌にした映画『今宵こそは』(1932)を監督したのがリトヴァクである。

 1987年の『八月の鯨』で甦ったベティ・デイヴィスとかつて浮名を流していたのも、リトヴァクである。

 80年代の私がロシアと無関係だと思っていた映画が全部、ロシア出身のリトヴァクとつながっていたのだよね。私の20代は、明日の報告のためにあったようにすら思えてくるのだ。

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 リトヴァクの映画を全部見たわけではないが(それでも25本は見た)、好きなのは、ニューヨークの夢と挫折を描いた『栄光の都』と精神病院を舞台にした『蛇の穴』である。これはいずれも日本版のDVDが発売されている。

 ベティ・デイヴィスの『黄昏』は上記2作品ほど重い内容ではなく、安心して見られる。こういう映画ばかりずっと見ていられたら、さぞかし幸せだろう。

youtu.be

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 2014年にヘップバーン主演のテレビドラマ『マイヤーリンク』が日本で劇場公開されているようなのだが、あの監督もリトヴァクである。ただ、あれはリトヴァクの本領を発揮したものではない。メル・ファーラーの大根ぶりもあるが、時間やセットに制限のあるテレビの生ドラマということもある。リトヴァク自身が1930年代にフランスで作った『うたかたの恋』をリメイクしたものなのだが、オリジナルのフランス版の方は実に堂々とした傑作である。宮廷劇である『うたかたの恋』がなければ、『追想』も生まれてなかっただろう。

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 リトヴァクはチャレンジ精神が旺盛で、テレビドラマを試みただけでなく、ヌーヴェル・ヴァーグの時代にはリアリズムの『さよならをもう一度』を撮影するし、それから10年もしないうちに、フレンチ・ポップス全開の『殺意の週末』を監督してしまう。グレタ・ガルポの『喜びなき街』の助監督をしていた人がこれを撮ったと思うと、めまいがしてくる。『殺意の週末』は去年公開された『アナザー』と同じく、セバスチャン・ジャブリゾの小説『新車の中の女』を映画化したもので、これは浅岡ルリ子主演で日本のテレビドラマにもなっているらしい。この映画がリトヴァクの最後の作品となった。

youtu.be

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北海道@ユジノサハリンスク

 学生の引率で行ったサハリン大の語学研修から、帰国しました。今朝の北海道新聞7面の「北海道@ユジノサハリンスク」欄に、この研修についてのコルスノフ・サハリン大教授のインタビューが掲載されています。インタヴューでは触れられていませんが、これはモスクワ大の主導した企画で、ロシアの極東重視政策の一環であることが修了式でも強調されていました。

 前任校の稚内北星学園大学に勤務していた時は、2010~12年まで日本の外務省による北海道とサハリンの学生交流の引率や受け入れに携わっていたのですが、今回はロシア側のイニシアティブによる研修に協力することになりました。両政府それぞれの思惑はさておき、学生たちの将来の活躍の場が増えることを願います。

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 サハリンからの帰国はユジノサハリンスク市役所のマチューヒナさんと同じ便だったのですが、9月16~18日の旭川市・食べマルシェにユジノサハリンスク市が出店するそうです!!(なお、16日には札幌大学で、諫早先生の科研の研究会もありますし、北海道文学館ではチェーホフ展が開催中です)

お別れ会

 サハリン大でのロシア語研修も終わりが近づいている。昨日は「お別れ会」というプログラムがあったのだが、これは宴会ではなく発表会だった。

 日本人の学生が学習の成果(ロシアの歌や「大きなカブ」の寸劇)を披露し、サハリン大の学生たちも余興のゲームを運営したり、ダンスを見せたりしてくれた。

 その中に「はぎれ人形作り」のコーナーもあり、私は日本の学生たちを「人形作り」という魔術的な世界に誘導していたのだけれど、終了後に余った布をもらい、サハリンの学生たちのダンスを観客席で見ながら、自分でも作ってみた。この種の人形を作るのはこれが2回目、講習会の通訳も入れたら4回目なので、もう慣れたものです。

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アニワで竹馬

 昨日はサハリン州議会の選挙だったようなのだけれど、日本の学生たちはアニワ湾でバーベキュー。

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 食後には民族舞踊やゲーム(「材木の上に乗って、枕で相手を叩き落す」といった、日本でも学校レクに登場しそうなもの)の時間があって、楽しく過ごせた。

 天気も良く、男子学生たちはモスクワ大のボゴモーロフ先生と一緒に海水浴をしていた。ゲームを仕切っていたオリガさんが綱引きで膝を痛めるというハプニングもあったのだけれど、大丈夫だっただろうか?

 私は写真係に徹していたのだけれど、ロシアではホドゥーリと呼ばれる竹馬が登場し、日本の学生が全員竹馬に乗れるとも思えなかったので、それだけは楽しませてもらった。

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レーニン広場のアニ・ロラク

 ユジノサハリンスクは135年祭なのだそうで、土曜日はレーニン広場でも、たくさんのイヴェントがあった。
 まずは市内のいろいろな団体が参加したパレード。日本人学生もサハリン大の列に混じって行進をした。私はモスクワ大の先生たちと共に、角帽をかぶってガウンをまとうことに。
 夜はウクライナの歌手アニ・ロラクのコンサートがあり、それから花火が打ち上げられた。
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サハリンのスパスカヤ塔

 サハリンの語学研修も折り返し点。学生たちは朝、3班に分かれて日本語を学んでいる学校3つを訪問した。

 私は勝利通りの2番ギムナジウムに行く班に同行した。ここを訪問するのは2度目で、前回の訪問時には音楽教育がアピールされていたのだが、実は外国語教育に力を入れている学校でもあったらしい。

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 ロシア語の授業の後に待っていたのは、勝利広場で開催された軍楽隊の祭典「サハリンのスパスカヤ塔」。なぜ「スパスカヤ塔」なのかと思ったら、そういう名前の軍楽隊のフェスティヴァルが、モスクワで開かれているんだね。

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